

【弁護士】 22条1項は、居住・移転の自由と職業選択の自由を保障しています。まず、居住・移転の自由についてみてみましょう。
【生徒】 居住・移転の自由というのは、どこに住むか、どこに住み移るかの自由があるということですよね?
【弁護士】 そうですね。こうした自由が保障されているからこそ、一定の場所に住むことが強制されることはありません。
【生徒】 でも、感染症の患者について、病院に強制加入・隔離させられるということをよく聞くんですが、これっていいんでしょうか?
【弁護士】 確かに、隔離されてしまうのはかわいそうだけど、もしそういう措置ができなければ、どんどん感染が広がって被害が膨大になるおそれもありますよね。だから、こういった他者の人権を侵害してしまうような非常事態の場合には、必要最小限度の制約として憲法上許されています。
【生徒】 なるほど。居住・移転の自由も絶対的に保障されるわけではないのですね。
【弁護士】 次に、職業選択の自由についてみてみましょう。君は、何かなりたい職業がありますか?
【生徒】 大学教授になりたいと考えています。
【弁護士】 そっか!それは勉強頑張らないと。職業選択の自由というのは、自分のやりたい職業を自由に選択できることをいいます。その上で、職業を選んだ後にそれを行ってはならないというのでは選んだ意味がないですから、選んだ職業を実際に行うという営業の自由も保障されています。
【生徒】 それでは、例えば、日本で銃を売る仕事もできてしまうのでしょうか?
【弁護士】 いえ、やはり限界はあります。そうした仕事をしてもよいとなると、日本は危ない国になってしまいますよね?こんなふうに、人々の安全を守るための規制を法律用語として消極目的規制といいます。他にも、例えば、誰でも自由に医者になれるとしたらどうなると思いますか?
【生徒】 それは危険でしょう。何も勉強していない人が医者になれるとしたら、きちんとした医療を受けることができなくおそれがあります。
【弁護士】 そうですよね。このように、国民の安全を守るための必要最小限の規制は憲法上予定されています。一方で、消極目的規制とは別に、もう一つ異なった規制があります。何だと思いますか?
【生徒】 消極目的規制とは別…、積極目的規制?
【弁護士】 そう、正解です。これは、経済的弱者を守るために経済的強者を制約する規制だと考えておけばよいでしょう。
【生徒】 はい、わかりました。でも、こうやって規制の種類を分けることに何か意味があるのでしょうか?
【弁護士】 いい質問ですね。こうやって規制の種類を分ける考え方を法律用語で目的二分論というのですが、この意図するところは、憲法上規制が許されるかどうかについて、どれほど裁判所が口出ししてよいかを考える際のメルクマールになるとされています。
【生徒】 えっと、ちょっとよくわかりません。どういうことでしょうか?
【弁護士】 先に結論をいうと、消極目的規制については、裁判所はかなり口出ししていくことになります。一方、積極目的規制については、裁判所はあまり口出ししないことになっています。その理由は、裁判所の判断能力に関わっているのです。そうですね…、では議員と裁判官だったら、どちらの方が経済に詳しいと思いますか?
【生徒】 それは、議員でしょう。裁判官はやはり法律のプロであって、経済に疎いイメージがあります。
【弁護士】 ですよね。だとすると、裁判官が経済についての法律についてきちんとした判断が可能でしょうか?むしろ、経済に詳しい議員の作った法律である以上、裁判所はそれに口出しすることは控えるべきではないでしょうか?
【生徒】 なるほど。このことが先ほどおっしゃられた裁判所の判断能力のことですね。経済に強い議員の作った法律に裁判所はあまり口出しすべきではないとなるのですね。
【弁護士】 その通り。そして、裁判所があまり口出ししない以上は、憲法に違反しているという判断が出にくいのです。では、消極目的規制の場合はどうですか?
【生徒】 消極目的規制って人々の安全を守るための規制でしたよね。だとすると…経済とか関係ないのだから、裁判所もきちんと判断できるのではないでしょうか?
【弁護士】 そうそう。だから、消極目的規制の場合は、裁判所の判断能力はあまり問題とならず、議員の作った法律に対してどんどん口出ししていくことになるのですね。
【生徒】 なるほど。では、実際にこうした考え方がとられた事件ってあるのでしょうか?
【弁護士】 ありますよ。まず、小売市場距離制限事件があります。これは、小売市場を開くには近隣の小売市場から一定の距離を置かないといけないという規制があったのですが、それはおかしいといって争われた事件です。この規制は、先ほどの話でいうと、消極目的規制と積極目的規制のどちらに当たると判断されたかわかりますか?
【生徒】 ん~と、小売市場についてだから、人々の安全とか関係ないですよね…。積極目的規制でしょうか?
【弁護士】 そう、正解です!この規制は、小売市場間の距離が近すぎると、競争が激しくなって共倒れしてしまうことを防止するためのものだと判断されました。まさに経済的な話で、裁判所はあまり口出しすべきでないということになります。そこで、最高裁判所は、規制が著しく不合理であることが明白な場合に限って憲法に違反するという判断を示しました。その結果、小売市場同士の過当競争を防いで、小売市場を保護するという今回の規制は、著しく不合理ではないとして憲法に違反しないと判断されたのです。
【生徒】 まさに目的二分論が採用された事件だったのですね。
【弁護士】 次に、薬事法薬局距離制限規定違憲事件があります。薬局を開設することを県に申請したのですが、だめだと言われてしまったために争われた事件です。この規制は、消極目的規制と積極目的規制のどちらに当たると判断されたのでしょうか?
【生徒】 ここも距離制限の規定が問題となっているから、先ほどと同様、積極目的規制ではないでしょうか?
【弁護士】 いえ、それが違うのです。距離制限をせず自由な薬局開設を許してしまいますと、競争激化、経営困難となってしまって、地域住民に提供する薬品の品質が低下し、地域住民の健康を害してしまいます。そうした被害を防止するというのが規制の目的だとこの事件では判断されたのです。
【生徒】 そう言われればそうですね。だとすると、裁判所が積極的に口出ししていく事件だということになりますよね。
【弁護士】 そうです。そこで、最高裁判所は、何も距離制限を設けなくとも他の規制によって十分だといって、規制は憲法に反していると判断しました。
【生徒】 これも目的二分論の考え方に立っているのですね。目的二分論がとても重要だということがわかりました。
【弁護士】 確かに、憲法上は重要な考え方です。ただ、少し注意が必要なのです。それは、最近では裁判所は目的二分論を放棄したのではないかと議論されているところです。
【生徒】 えっ!どういうことですか!?
【弁護士】 目的二分論を使えば、どんな事件もうまく解決できるわけではないのです。例えば、また距離制限の話になりますが、公衆浴場の距離制限規制は、消極目的規制ですか、積極目的規制ですか?
【生徒】 えっと…、公衆浴場同士が近すぎたら、経営がうまくいかなくなって共倒れしてしまうから、それを防ぐという積極目的規制…?いや、過当競争によって、浴場の衛生が悪くなって地域住民の健康を害することが目的だから消極目的規制…?
【弁護士】 悩みますよね。現に、最高裁判所も最初は消極目的規制と考えていたのに、積極目的規制と考えたり、消極目的規制と積極目的規制が併有すると考えるようになりました。また、酒類販売業の免許を申請したところ、拒否されたという酒類販売免許制事件においては、こうした免許制の目的がいずれの目的か認定されていません。このように、規制の目的を積極・消極のいずれに割り切り、それによって裁判所の口出しの程度を決定させることができない場合もあることに注意が必要なのです。
【生徒】 なるほど。だとすると、こうした事件においては、他の要素から裁判所の口出しの程度を考えていく必要がありそうですね。
【弁護士】 そうですね…、例えば、規制の態様について加味していくことが重要だと思います。具体的には、営業態様についての規制よりも、そもそも職業へ新たに参入することへの規制の方が、規制の程度は大きいですよね。そういう場合には、裁判所の口出しの程度も多くなるでしょう。
【生徒】 なるほど。よくわかりました。